東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2099号 判決 1975年8月28日
昭和四八年(ネ)第二、〇三八号事件控訴人、同第二、〇九九号事件および同第二、一四〇号事件被控訴人
(以下、単に第一審原告という。)
渡辺広
同
渡辺渡
昭和四八年(ネ)第二、〇九九号事件および同第二、一四〇号事件被控訴人
(以下、単に第一審原告という。)
浅谷孝世
右三名訴訟代理人
光石士郎
ほか三名
昭和四八年(ネ)第二、〇三八号事件被控訴人
(以下、単に第一審被告という。)
日産プリンス神奈川販売株式会社
右代表者清算人
前田保弘
右訴訟代理人
馬場英彦
昭和四八年(ネ)第二、一四〇号事件控訴人
(以下、単に第一審被告という。)
大福建設株式会社
右代表者取締役
桐月大治
同
桐月大治
右両名訴訟代理人
真壁英二
昭和四八年(ネ)第二、〇九九号事件控訴人
(以下、単に第一審被告という。)
渡辺進
右訴訟代理人
佐久間哲雄
主文
一、昭和四八年(ネ)第二、〇三八号事件について
右事件についての第一審原告らの本件控訴を棄却する。
二、同第二、〇九九号事件
右事件について 第一審被告渡辺進の本件控訴を棄却する。
三、同第二、一四〇号事件について
原判決中右事件についての第一審被告大福建設株式会社社および同桐月大治敗訴の部分を取り消す。
第一審原告らの右第一審被告らに対する請求をいずれも棄却する。
四、右各事件について訴訟費用中
(一) 第一審原告らと第一審被告日産プリンス神奈川販売株式会社(以下、単に日産プリンスという。)との関係において第二審に生じた分は第一審原告渡辺広および同渡辺渡両名の各負担とし、
(二) 第一審原告らと第一審被告渡辺進との関係において当審において生じた分は右第一審被告の負担とし、
(三) 第一審原告らと第一審被告大福建設株式会社および同桐月大治との関係において第一、第二審を通じて生じた分は第一審原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一昭和四八年(ネ)第二、〇三八号事件について。
当裁判所も第一審原告渡辺広、同渡辺渡両名の第一審被告日産プリンスに対する請求は失当として棄却を免れないものと判断するところ、その理由は、左記に(一)および(二)のとおり付加するほか、原判決書理由らんに記載された関係部分(同理由らん一―終り二行を際く―および二(一))と同じであるから、これを引用する。
(一) 自賠法三条に定める運行供用者責任の根拠は、被害者保護の立場からいわゆる危険責任および報償責任の思想に立脚し、自動車の運行を支配しあるいはその運行による利益の帰属する者に対して衡平の観念から事実上無過失責任に近い損害賠償責任を負担させることとしたものであり、したがつて、同法条は、たとえ被害者救済のためとはいえ、右の運行支配および運行利益を有せず、たんに外形上自動車の所有権を有し、あるいはその登録原簿上所有名義および使用者名義などを有するのにすぎない者に対してまで右の運行供用者責任を課する趣旨ではないと解するのが相当である。そうだとすると、本件事故当時右日産プリンスが本件加害車について右第一審原告両名主張のとおりの権利関係その他の立場を保有していても、そのことでは本件加害車の運行供用者に該当するものと速断することはできないから、右第一審原告両名の主張は、それ自体において採用することができない。
(二) 次に本件加害車の販売契約には右第一審原告両名の当審での主張一(一)中の(1)ないし(5)のような各条項の定めがあることは右事件当事者間に争がなく、同契約条項によれば、前記日産プリンスがこれらの契約条項にもとづいて販売代金が完済されるまでは本件加害車に対して一定限度の支配力を有していたことは否定できないが、これらの契約条項にもとづく支配力は、すべて右日産プリンスにおいて本件加害車の販売代金債権確保のため、いわば担保物ともいうべき本件加害車の担保価値の減少を防止する目的のために用いられるものであつて、その目的以外に用いられるべき趣旨のものでないことは、これまた前記引用の原判決説示のとおりであり、そして、本件にあらわれた全証拠を検討しても、右日産プリンスが前記販売契約上右目的に限定されることなく本件加害車の運行について支配力を有し、また実際上においてもその趣旨の支配力が用いられたという事実を確認するのに足りる証拠はない。
もとより日産プリンスは右形態の契約によつて本件加害車等を販売し、買受人に使用させることによつて営業上の利益をえているのであるが、右は販売自体からえているのであつて、右加害車の運行それ自体によつて受けているのでないことはいうまでもなく、さらに、右運行自体から利益をえていないと同様にその運行に伴う危険の実現に加担しているのでもなく、要は販売代金が確実に支払われるかぎりでは販売した自動車による運行および利益の取得等その稼働にはかかわりがないのである。
そうだとすると、日産プリンスが本件加害車を販売することによつて本件加害車に対し前記のとおりの一定限度の支配力を及ぼし、結果的にその運行利益金のなかから販売代金の回収をえていようとも、そのことを理由として日産プリンスに自賠法にいう運行供用者責任を負わすわけにはいかないのである。したがつて、右と異る見解に立脚する右第一審原告らの主張には賛同することができない。
以上の次第で、いずれにしても、右日産プリンスは前記法条に定める運行供用者には該当しないものといわざるをえない。
二同第二、〇九九号事件について。
第一審原告ら主張の本件事故が第一審被告渡辺の運転する加害車によつてひき起されたことは当事者間に争いがなく、同加害車が右被告の妻の名義で前出日産プリンスから買い入れられたものであり、同被告は日常その私用のため同加害車を運転し、本件事故当時も同様であつたことは、後出三において認定のとおりである。そうすると右被告は自賠責法三条にいう加害車を自己の連行の用に供していた者であつて本件事故が同被告の過失によるものでないことを立証できないかぎり、同事故による被害者の第一審原告らに損害賠償の責を負わなければならない。と判断するところ、その理由は、左記に(一)および(二)のとおり付加するほか、原判決書理由らんに記載された関係部分のうち、同被告に民法七〇九条による過失責任がある部分を除くその余の部分(主として同理由らん一中終り二行、二、(四)―過失認定の部分を除く―および三)と同じであるから、これを引用する。
(一) ところで<証拠>中には、本件加害車の進路上に営業用普通乗用者(以下、タクシーという)が割り込んできて本件加害車に接触したため、その衝撃で進路を右に変更させられ本件事故になつたのであり、その接触の跡もある旨の供述部分があるが、右接触の跡とされる本件加害車フロントバンパー左角付近のタクシー塗料の付着および本件加害車左前脇取付のネオンコントロールの折損についてはこれを裏付けるのに足りる的確な証拠がない(当時証人船本乗行の証言でも右ネオンコントロール折損がいつのものか確実でない)ばかりでなく、かえつて、本件事故直後に作成されたものと認められる実況見分調書の騰本(丁第一号証)にはその旨記載がないことおよび当審証人鈴木万吉の証言によれば、右渡辺は本件事故直後現場に急行して実況見分をした警察官である同証人に対し、当初は左側から追い抜いて行つたタクシーにぶつかりそうになつたので右に避けたと弁解しながら、その後はタクシー―にぶつけられたためそのショックで右に出てしまつた旨その弁解を変えるようになつたことおよびその結果同証人は右渡辺の指示により接触されたという本件加害車の左前部バンパー辺を見分したところなにかすれたような痕跡が認められたものの、右接触によるものかどうか確認できず、その他その際右渡辺の弁解にもとづき右接触の事実が裏付けられるような証拠をさがしたが発見できなかつたとの事実が認められるので前に示した右渡辺本人の右接触に関する供述部分は、何らかの錯覚に出でるものとの疑いがあるので採用しがたく、他にに右第一審被告の主張事実を確認するのに足りる証拠はないから、右渡辺の主張する両車の接触の事実を確認することはできない。その他右渡辺の主張する前記事実関係だけではいまだもつて右両車の接触の事実を推認するわけにはいかない。
そうして、他に第一審被告渡辺が本件事故発生について過失がなかつたことを証明するのに足りる証拠はないので、同被告は同事故によつて第一審原告らに与えた損害を賠償すべき義務があるというべきであり、その損害の範囲および額については当裁判所の判断も前示のとおり原判決の認定をするところと同一であるからこれを(原判決書理由らん三記載)引用する。したがつて第一審原告らの請求は同原判決認定の限度において正当として認容すべきでありこれと同旨に出た原判決は相当であつて右渡辺の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することする。
三同第二、一四〇号事件について。
(一) 本件事故の発生については、原判決書理由らん一(ただし、終り二行を除く)に説示されているところと同じであるから、これを引用する。
(二) そこで、第一審被告大福建設、同桐月大治の責任の有無について判断する。
1、第一審被告大福建設の運行供用者責任について。
<証拠>を総合すると、第一審被告大福建設は、木造建築請負業を主たる営業目的とする株式会社であつて、第一審被告桐月大治がその代表取締役に就任して対外的な取引業務を行なうほか、庶務、経理および人事等の内部的な事務を統轄処理し、かつ請負工事現場において 従業員等に対する作業の指導監督等をしていたこと、本件事故当時右大福建設の従業員は事務員が二名、現場作業員が前記渡辺進をふくめて四名であり、このため右大福建設では工事の内容次第によつては多くの下請人夫を使用していたこと、当時右大福建設では乗用車、ライトバン車各一台のほか、トラック二台を所有し、当時工事現場としては藤沢市所在の山武ハネウエル株式会社の社屋営繕工事を施行していたため、その作業等の必要に応じ随時右トラックやライトバン車などを同会社内に持ち込んでいたこと、右大福建設では昭和四五年三月ころ前記渡辺進を建築大工として日給月給制で三か月を試用期間とすることとして雇い入れたが、その後間もないころ、同人を将来工事部長という役付きにし、右桐月不在の際にはこれを代理する権限まで与える予定のもとに、その肩書に工事部長という名称を付した同人名の名刺を印刷してその使用を許容していたこと、右渡辺は、大工職人であつてかねてから妻和子名義で前記日産プリンスから買い受けた本件加害車をみずから運転使用していたもので、右大福建設に雇われたのちも、後記のとおり会社より禁じられていたのに会社事務所あるいは直接工事現場に出勤するのに右加害車をしばしば利用していたこと、右大福建設としては、前記渡辺に対して通勤のための交通費(バス代)を支給し、また東京等へ出張の際にはその都度度その交通費を支給していて、右通勤あるいは出張等に本件加害車を利用することを禁じていたこと、右大福建設では、前記渡辺に対して工事現場における作業その他会社の仕事それ自体を遂行するため、あるいは会社の従業員ないし下請人夫等の送迎をするために本件加害車を使用することを指示したこともなく、また実際にも本件加害車をそのように使用したこともないこと(もつとも、本件事故前に右渡辺が前記山武ハネウエル株式会社に出向いた帰途、たまたま前記桐月が依頼して同会社社員を本件加害車に便乗させて右大福建設の事務所まで送らせたことが一度だけあるようであるが―この事実は右大福建設において自認するところでもある。)、昭和四五年三月二日から同年四月二〇日までの間本件加害車に給油したガソリン代合計六、九四一円については右渡辺個人がその支払をし、右大福建設においてその全部または一部を支払つたり、あるいはその支払の約束をしたこともないこと、右大福建設の代表者桐月は、前記のとおり当初、前記渡辺を将来工事部長たる役職名を付して処遇する予定でいたものの、同人において遅刻、欠勤をするなどその勤務成績も思わしくなかつたばかりでなく、右大福建設に雇われていながら個人で他会社から建築工事の註文を受けているなどの噂を耳にし、あるいはその品行についてもとかくの噂があつたことなどから、同年四月四―五日ころ、たまたま当時常務取締役に就任していた桐月克己の進言もあつて、右渡辺を将来部長として処遇することを断念して同人に対し、その旨を伝えるとともに、さきに同人に使用を許した前記工事部長の肩書付の名刺全部(もつとも、右渡辺において残存部全部とするもの)を同人から取り上げるにいたつたこと、右渡辺は、前記大福建設に雇われながらすでにそのころから自分個人で独自に大旭建築株式会社などとから新築建物の造作工事等の註文を取り、その準備の仕事や造作工事等に従事し、同年四月一一日(本件事故当日)には右会社からその一部工事の前渡金として四五万円ほどを受領していることおよび右渡辺は、同年四月九日には前記大福建設を早退し、つづく一〇日および一一日(本件事故当日)はいずれも同会社を無断欠勤し、本件事故当日の夜分には鎌倉市内居住の知人船木乗行が茅ケ崎市内において経営する飲食店に対し負担していた飲食代金支払のため、本件加害車を運転して鎌倉市内の自宅を出発し、途中右船木宅に立ち寄つたものの、右代金総額が不明であつたため、そこから同人を同乗させて前記飲食店に行き、同店において右借入をしていた飲食代金全部を返済したのち、同日夜九時ころ右船木を同店に残したまま単独で再び右加害車を運転して同店を出発し、その帰宅の途中本件事故をひき起こすにいたつたものであること、以上の事実が認められる。
<証拠>中には、右認定に反する供述部分、すなわち、右渡辺は前記大福建設の作業の前後などにその従業員あるいは下請人夫等を工事現場から会社事務所まで送迎していた旨および本件加害車のガソリン代は当初は全額、その後は半額を右大福建設が負担していた旨の供述部分があるが、同供述部分はそれ自体によつても、以上のことは、臨時的なものである推測されるほか、前記各証拠に対比して考えると、大福建設の同意または依頼によつてなされたものであるとは、確認し難いので、前記認定の妨げとなる程のものとはいえず、他に同認定を動かすのに足りる証拠はない。
以上認定の事実関係からすれば、右渡辺は、もつぱら自己の個人的便益のために自己個人の保有する本件加害車を右大福建設への通勤に使用していたものであり、しかも本件事故は、当日右大福建設を無断欠勤したうえ、同会社とはなんの関係もない自己個人の私的な飲食代金を支払に行つたその帰途にひき起こしたものであつて、前記大福建設としては、自己のために右渡辺個人の保有する本件加害車につきその運行を支配し、あるいはその運行による利益を取得していた関係にはなく、本件事故も全く右大福建設の支配領域外において発生したものというべきであるから、結局、右大福建設は、加害車を自己のため運行の用に供したもの、すなわち、自賠法三条に定める運行供用者には該当しないものといわざるをえない。
したがつて、右大福建設が本件加害車の運行供用者であることを前提とする第一審原告ら三名の同会社に対する請求はこれ以上判断するまでもなく理由がない。
2、第一審被告大福建設の使用者責任について。
以上1、に認定した事実関係によれば、本件事故は、右渡辺がその勤務する前記大福建設を欠勤した日の夜中、同会社の業務とは全く関係のない自己個人の私用向きの出先からの帰宅途中にひき起したものであるから右渡辺の本件加害車の運転行為は、右大福建設の事業の範囲ともその執行ともなんの関連性もなく、たとえ、右渡辺が本件事故当時前記大福建設から印刷してもらつた同会社工事部長という肩書付きの同人名の名刺の残部を所持していたにせよ、前記のとおり同人は当時右地位を有していなかつたのみならず、仮に、右渡辺が本件事故当時現に同会社の工事部長としての地位にあつたとしても、前記のとおり本件事故が大福建設の事業に無関係であることに変りない。
そうすると、本件事故について右大福建設が民法七一五条一項に定める使用者責任を負担することを前提とする第一審原告ら三名の同会社に対する請求もまた前記渡辺進の不法行為責任の有無その他についてこれ以上判断するまでもなく理由がない。
3、第一審被告桐月大治の運行供用者責任および代理監督者責任について。
本件にあらわれた全証拠を検討しても右桐月大治個人が本件事故当時前記渡辺個人の保有する本件加害車につきその連行を支配し、あるいはその運行による利益をえていたと認めるのに足りる証拠はないから、右桐月大治が自賠法三条に定める運行供用者に該当するものとすることはできないので、同人が右の運行供用者に該当することを前提とする第一審原告ら三名の右桐月に対する請求はこれ以上判断するまでもなく理由がない。
つぎに、前記のとおり本件事故当時における本件加害者の運転行為が右大福建設の事業の執行の範囲に属しないことが前認定のとおりである以上、右桐月が前記会社の代表取締役であることを前提とする民法七一五条二項の規定にもとづく損害賠償責任を負担するいわれはないから、同桐月に対して右民法の規定にもとづいて損害の賠償を求める第一審原告ら三名の請求も前記渡辺進の不法行為責任の有無その他についてこれ以上判断するまでもなく理由がない。
以上の次第であるから、第一審原告ら三名の前記大福建設ならびに桐月大治に対する請求はすべて失当として棄却を免れない。
よつて、右と異る原判決は不相当であるから、原判決中右各第一審被告ら敗訴の部分を取り消し、第一審原告ら三名の右各第一審被告らに対する請求をいずれも棄却することとする。
そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(畔上英治 上野正秋 唐松寛)